『緑道ハレバレ散歩』ブログ

横浜都筑・港北ニュータウンには全長約15キロメートルの緑道がありますが、コロナ禍で散歩をしながら豊かな環境に今更に感動している仲間たちで「緑道ハレバレ会」を結成しました。2020年10月初旬、港北ニュータウン計画に初期から関わって来られた川手昭二さんの話を伺う機会を持ちました。ハレバレ会ならではの、一歩踏み込んだ港北ニュータウンの歴史や景観、特に緑道の魅力を発信していきます。

2021年06月

散歩日:2021年6月28日(月) 1時30分中川駅郵便局前集合 記録:Michi

 

参加者(敬称略) 川手先生(2時半まで) 高橋 大橋 杉原 白川 野島 中山夫妻 江幡(千) 福井(初参加) 木下 計11名。


*このコースは2回目、今回は絵地図師の高橋美江氏が参加。

 

■中川駅郵便局前~烏山公園
先ず「くさぶえのみち」や山崎公園の水源を見ようと、烏山公園に向かいます。

公園に隣接する中川地区センターでは住民の様々な活動の場になっていて、カフェもあるので本を読みながらのお茶タイムはいかがですか?おいしいカレーもあるそうです。当初の予定通り、中川の中心としての役割を果たしています。

烏山公園は孟宗竹の竹林が美しく、渡ってくる風のサヤサヤ音とあいまって涼しい。筍の産地の面目躍如です。

 

「くさぶえのみち」は中川駅に始まり徳生公園までの水流のある緑道です。

今日は「ベルリンの壁」が最終目的地。石ケ谷の交差点にあるテュフラインランドジャパ() テクノロジーセンター(海外に輸出される工業製品の審査を行っている会社)にそれはあります。


「山崎公園」
「くさぶえのみち」から藤のゲート(花の季節は見事です)をくぐって山崎(プール)公園に入ります。プールの外には霧と遊ぶ装置や蛇行する水の流れが作られていて1 (1)


今も子供達は水遊びを楽しんでいました。
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設計者も楽しんでいますね。プールは例年なら7月13日開館ですが今年はどうなるでしょう。プール入り口の屋上が緑化されて楽しそうです。でも今は閉鎖されて草が伸び放題です。

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釣りをする池
沢山の人が釣りを楽しんでいる池は、ここだけ釣りが許されている特別な池。
実は池が完成する前に釣りが始まってしまったのだとか。
もちろんCatch and release. また池の中程は浅くなっていてその小山を回るように水が流れるよう設計されています。釣り人が並んでいるデッキから池の中には柵が巡っていて柵までは水深30㎝、万が一落ちても容易に助けられるよう設計されているとのことでした。
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ここで、川手先生はワクチン接種2回目を受けるためにお別れしました。
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(この写真は違う場所です。先生は歩き姿のバランスが美しい……)

「くさぶえのみち」に戻り牛久保西公園へ向かいます。
2本の水の流れが交差しながらずっと共にいて水の音を聞かせてくれます。
所々小さなコンクリートの橋があって渡れるようになっていますがアシ(葦)などが茂って埋もれてしまっています。
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「水の流れがあるとこれほど人の心に安らぎを与えてくれるものなのね。」とおしゃべりしつつ気持ちよく木漏れ日の下を歩きます。
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 牛久保西公園は運動公園

広々としたグランドを背にして振り返ると地下鉄がトンネルから出てくるところを見られます。男の子なら誰でも興奮の一瞬。この時もフェンスに貼りついている男の子がいました。
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男の子が手を振ると運転手さんが手を振ってくれました!

グランドでは毎年町内会によって「どんど焼き」が行われています。火は二基でそれぞれ雌石雄石を入れて焼かれる、珍しい行事ですね。ここは交差点名で言えば牛久保と牛久保2丁目の中間になります。

 

区役所通りの下をくぐってそのまま牛久保公園へ。
この橋も鉄骨の曲線が美しいステキな橋
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木陰に覆われさらに美しく見えます。

隣接するのが牛久保小学校。全く公園の中にある感じで子供には最高の環境。
小学校に沿って行くと右手に白い大きな窓の全くない倉庫のような建物があり表示も無く地図にも記載なしで好奇心を誘う建物です。
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その隣は当初整備公団の研修所だった、緑の中庭を持ち宿泊施設もありそうな立派な建物。
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蛇足ですがその向かいにあるちょっとステキな住宅。
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その隣が今日最後見学場所テュフラインランドジャパン社
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ドイツ分断の象徴 「ベルリンの壁」が設置されています。198911月崩壊と記されています。西側にはユーモラスな絵が描かれていますが東側は打ち放しのままで、つまり市民が近づくことさえできなかったのです。映画「ベルリン天使の歌」(ヴィムベンダース監督)でのシーンがある壁画の紹介と、「壁」が取り払われたその夜について記したチラシをもらえます。

 

さてさて帰路に着き少し歴博通りを南下し「くさぶえ」に戻ると、前回出の加藤さんは今日も淡々と泥をすくって水の流れを作っていました。
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が、一人の通行人が「許可を得てやっているのか!」とのクレームで土木事務所にすぐ来るようにと連絡しているらしい。
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そのクレーマー氏本人は帰ってしまったが、私たちは土木事務所の職員が到着するまでいました。
彼を応援するつもりでしたが、彼は慣れているのか職員に冷静に状況説明をしていました。

子供達はメダカを捕って最高に得意顔
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川手先生にとっては港北NTは作品なのですね。
先生が散歩(約7千歩)を毎日していらっしゃるとお聞きしていましたが先生にとってはきっと作品チェックなのですね。これだけスケールの大きな作品ならばいくらやっても尽きることはないですね。

 

今日の散歩距離2㎞弱、時間にして3時間半、時速600m弱。観察しながらですので。

本日の歩数は1万歩でした。

後日談
山崎公園の特徴のある設計は、誰が、どこの事務所なのかなど、気になっていたところ、素晴らしい資料が見つかりました。この資料については更に調べて別の日にupします。 
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散歩日:2021年6月20日(日) 記録:ebata+ohashi

参加:(敬称略)川手先生、高橋美江、大橋、野島、杉原、福井、中山健、江幡

今回は美江さんの希望で5月12日と同じコースを再び歩くことにしました。
川手先生もご一緒してくださいました。

「高山あかしあ公園」
ふれあいの丘駅集合
川手先生が、見せたい場所があるとさっさと歩き始めました。
ふれあいの丘駅から、高山経由で一直線に川和富士公園に向かっているオレンジロードの左手の傾斜地にある「高山あかしあ公園」。
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見晴台のようなところまで案内された。
その公園までがニュータウンのエリアで、下の傾斜地から川和方面の尾根筋の緑地までは民間に任せたのだそう。
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地図を見てもそこがニュータウン以外とはわかりにくいが、公団の計画外のエリアを作ったことを今も後悔してるとおっしゃる。川和富士公園までのオレンジロードは、ニュータウンエリア内。
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葛ケ谷公園の「川手山」へ
駅前に戻って、葛ケ谷公園方面へ。

葛ケ谷公園の小山が「川手山」と言われている謎が解けました‼️

「川手山」頂上までたどりつき東屋が見えると、先生からここに座って座ってとお話をしてくれました。
勝手知ったる我が家の庭の様でしたね。
おもてなしの様に虫除けスプレーをリュックから出し頭、足、腕を出してと皆さんにかけてくれました。
(写真はその時ね)
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葛ケ谷公園の雑木林のある場所は、
都市計画でニユータウン計画前から幹線道路を通すことになっていて
変更は絶対まかりならぬと言われたが、
公園には雑木林の山が必要だと飛鳥田市長に直談判。
川手先生が地元住人の総意であると伝えて残った山だということが解りました。

なるほどそれで「川手山」と言われているんですね。
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林の中でヒメコウゾが赤い実を沢山付けていました。
甘くて美味しかった。
これもお散歩の楽しみ。


又今日は日曜日と言うこともあり、あちこちで親子連れが、せせらぎでザリガニとりをしていて、ほほえましい光景や子供達の歓声に出会いました。
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ザリガニばかり見ていたら流れにボッチャン!
全身ずぶ濡れなのに、大人達がカメラを向けたら泣きながらピースマーク!
溝の口からやって来たというファミリーグループでした。

それにしても、せせらぎで沢山のザリガニが生息していると言うことは驚きです。
緑道の緑と石積みのせせらぎが豊かな生態系を生み出しているんですね。


歩くたびに新しい感動が見つかります。

心行寺
ここは、敷地の減歩はしてないそうです。
減歩分は、買い取るという方法があったそうです。
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紫陽花が、水盤にも鮮やかに咲いていました。

開催日:2021年6月7日 記録:Michi
参加(敬称略):川手先生 高橋 大橋 杉原 黒沼 白川 野島 中山夫妻 江幡夫妻 木下 計12名

徳生公園・緑道マップ会議

徳生公園東屋にて高橋美江氏を囲んで4時過ぎから緑道マップ会議
ハレバレ散歩【ふじやと編】を兼ねてのマップ会議だったので、川手先生も参加されました。
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1, マップに盛り込む緑道範囲を決めること。(6月中に)

2,盛り込み内容のリストること。

 

につ合われたこと

M 盛り込み内容地図への落とし込みは、公園や緑道がわかりやすい「マピオン」を共有使用するのが良い。参考として道路がわかりやすい地図「水と緑の散策マップ」都筑区20周年記念発行。

E 緑道だけでなく都筑区全体との関係がわかる地図にしたい

先生 緑道は北部南部続けて回遊できる筈。長い距離を半日かけて歩けを念頭に置いて設計した。そこではピクニックも楽しめる。早渕川沿いも緑道に含めるべきですね。1部まだつながっていない「矢崎の道」「しらさぎの道」進行中とのこと。

N 「松林甫」まで入るといいですね。

について話合われたこと

先ずの地図に載せたいことリスト作り、エリアを切ってエリア別に落とし込み作業。エリアの切り方検討必要。

M 盛り込み内容の3本柱「施設 博物館など」「飲食商業施設」自然系、歴史系、アート系などの見どころ」。また、桜の場所は別項目で必要。

紅葉の場所も大切で別項目にするとの声が多かった。桜も紅葉も人を集める力がある。

初版の緑道マップから交差点名等再チェック必要。

先生 初版の緑道マップ修正した箇所あります。これだけのスケールで実際に造られた緑道は全国探しても例がなく、もっと広がって欲しい。団地の緑を繋げたものはある。

マップが出来たら・・・

「べンチ研究会」立ち上げよう。どこにどちらを向いてどんなベンチを置くか。

そしてそこに座ると何が見えるか。

No ウィーンの例 世界で1番ベンチの多い都市。ウィーンの誇り。

都筑もベンチを誇りに(若い街だけれど)

散歩日:2021年6月7日 記録:Michi

参加
(敬称略) 
川手先生
 高橋 大橋 杉原 黒沼 白川 野島 中山夫妻 江幡夫妻 木下 計12名中山さん奥様が初めて参加くださいまし

 
センター北駅前

センター北駅前ある農協について
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先生 「駅前の景観の秩序を守るため、敷地を農協が買うよう公団から依頼があった。」

S 「きれいな駅前なのだから農協はもう少し垢抜けた店前にして欲しい

E 「建築家の大高正人は農協と関係深く亡き後も大高事務所が関わった建築はこの辺りに多いと思う」

日能研ビル(設計者不明)などコンクリート打ち放しのすっきり建物が多いです

 

歴博通りを歩行者レベルの橋で渡る。車の通る大きな道は橋があり(いわゆる歩道橋ではない)歩行者は信号を気にすることなく渡ることができます。

大塚歳勝土遺跡について

橋から高い擁壁の上に見える「大塚歳勝土遺跡」について。

O 日本の中でもまれに見る完全に近い遺跡だった歴博通りを通すため3分の1残して失われた。

先生トンネルにして上部を残す案もあったが叶わなかった。通りに面した遺跡下部の壁はその傷跡とも言える。


 
大塚遺跡とか木簡を掘り出した現場を見ているので、非常に思い入れがあります。井上先生(歴博)の講義を聞いたときのレジメが残っています。〇大塚遺跡については、日本史教科書(山川出版、三省堂、実教出版など)の図説や本文にとりあげられています。佐倉にある歴史博物館には模型がある(白川は見たことある)これほどの遺跡が完全に残っていたら、観光面でも文化面でもどんなにかよかったのに。どんな人も「教科書に載ってたもの」の本物を見ると感激するものです。HARUちゃん記


「牛久保東さくらんぼ公園」を左手に見ながら行くと突き当たりに中央大学付属中学校高等学校。子供達は緑道だけで学校に通える。校庭は狭いが別な場所に大きな運動場がある。草屋根の打ち放しコンクリートの守衛室がステキな学校。守衛室の手前の草地には大きな木が木陰を落とし花もあってこれもステキでした。

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緑のツタ類に縁取られた「沖の谷地下道
[1994]銘板あり。

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「牛久保東ひめりんご公園」経由大きな港北ファミールガーデンの集合住宅群は南欧風。

なつみかん公園」辺りからは6000年前の木道が発掘されてい湿地帯だったため保存状態良好だがまだ全部発掘されていないとのこと。

北川貝塚都筑区早淵3丁目)から鹿児島県姶良(あいら)火山2万数千年前)噴火によって火山灰が積もった(姶良テフラの下から鋭い刃を持った石器ナイフや矢ジリ採集されている文よこはまより)

都筑は3万年の歴史を持つ場所なのです。

北川貝塚の打製石器 
姶良火山の爆発は約29000年前と言われています。(井上先生のレジメ)それより下の地層で発見されたので、3万年前の根拠になっています。発見者は坂本彰さん(図説の編集にも関わっています。昔、郷土読本「すみれが丘」を作る時にとてもお世話になりました)。それにしても鹿児島県の火山灰が、こんな所まで飛んできたなんてすごいですね。姶良は読みにくいので(あいら)と振り仮名を入れた方がいいですね。(HARU
ちゃん)

 

「ふじやとのみち」2.7㎞で12支を見つけよう

「ふじやとのみち」は夏みかん公園、徳生公園から北山田を経て南山田付近に至る道で

12支は245mに1個ある計算になる。

「ね」石みつけました!心なしかネズミに見えます石の天辺に丸い穴、深さ15㎝位か

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ここに土が積もって草が生える筈だったとか。徳生公園に近づいて「うし」も見つけました。う~ん牛に見える。こちらは少し小ぶりの穴2個。他の10個もそう見えるのかな?

先生「前回の山崎公園プールの水とここ徳生公園の水が合流し暗渠で早淵川に流れ込む

計算され尽くした水の流れなのですね。

 
徳生公園・緑道マップ会議

徳生公園東屋にて高橋美江氏を囲んで4時過ぎから緑道マップ会議議事録は、こちら
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この日は東屋のある徳生公園の池の中でアオサギがじっと佇んでいるのを見られました。
枝にとまっていたカワセミの番いが同時に水に飛び込み、飛び立つ、その一瞬の技も見られました。カワセミ率が高い場所。緑と水が豊かなのです。最後に、池を縁取るようなハンゲショウ(半夏生)(グリーンとホワイトに色分けされた葉っぱが美しい)を愛でつつ帰路につく。
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素敵な出会い

これで解散の筈でしたが、帰路での出会いがまだ待ち受けていました。
水路の底を浚渫(しゅんせつ=堆積した泥をすくって元の状態に戻すこと)を1人で行っている方で、お話するうちに、新聞やメデアを通じて川手先生をよくご存じとのこと。四季を通じて川底をきれいにしながら緑道を設計した人への想いを重ねていたとのこと。先生も帽子をとって丁寧にご挨拶をしていらっしゃいました。
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40年前港北NT設計中の先生ご自身が「こうあって欲しい」と想い描いていたまさにその通りの場面に、にっこりしていらっしゃいました。

「偶然というか必然というか」のこのような出会い、これからも大切にしたいですね。

                     本日の歩数9000歩  (木下道子 記)

 

67日火曜日、予定では、センター北駅~歩行者専用道路で「夏みかん公園」「ふじやとの道」「徳生公園」「神無公園」「山田富士」「山田神社」北山田駅でした。

お天気もハレバレ!

 

文中発言者のアルファベット

S白川さん

E江幡さん

O大橋さん

T高橋さん

N中山さん

N野島さん

 

散歩日:2021年6月7日 記録:nob

参加者:川手、高橋、大橋、白川、杉原、野島、江幡まさ、江幡ち、木下、中山け、中山か、黒沼

 ①センター北駅〜大塚歳勝土遺跡
駅舎内(センター南方面にエスカレータを下ったところ、歴史博物館方面)に、目を引く2.5mx6mの大きな壁画がある。これは2008年「第4回アフリカ開発会議」が横浜市で開催された際、参加国を対象に1国1駅というコンセプトで、センター北駅はアンゴラ共和国の担当となり、記念として描かれたもの。
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芝生広場 ただいま肥料焼けを起こして枯れてしまったので、養生中。普段は子どもたちが元気に走り回る憩いの場。クリスマスにはここでクリスマスマーケットも開催される、センター北駅の顔。
この場所は、横浜市と公団で土地利用についての意見が合わなかったため、公団は人工池を造り、その状態で横浜市に渡した。のちの開発計画で、中央大学の大学院にどうかという案があったが、それでは学生が奥校舎へ行かなくなってしまうだろうということで商業施設が建てられた。商業施設(プレミアヨコハマ)が建つ10年ほど前は、池を埋めて地盤を固めるためしばらくの間駐車場だった。
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JA横浜直売所(ハマっ子) 野菜だけでなく、横浜産のお肉もある!農協というのは協同組合運動が起きた時に作られ、国が農業にお金をいっぱい出したのでお金持ちなのである。そのため、駅前のとてもいい一等地にJAの建物や銀行があったり、立派な直売所を持っている。別の見方をするならば、農家の土地を農協に買わせることで元農家の人の地権を守る存在であったと同時に、駅前の治安(乱開発)を守るという狙いがあった。JAの組合員になると、3%オフで産直野菜が買える特典付き!
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歩行者専用道路を渡り、大塚歳勝土遺跡を望む。
この遺跡は弥生時代中期の国の史跡で、港北ニュータウン開発中に発見された。環濠集落のすぐ側に墓地があり、大規模な集落と墓地とがほぼ完全な形で残されていたとても貴重なもの。開発計画に反して、学者から全部残してほしいと要望があり論争を呼んだが、経済優先ということで、遺跡の1/3だけが残される形で開発が進められた、現在は「大塚歳勝土遺跡公園」となっている。
50年前の開発計画では、元々、横浜市から”都市計画道路”をどこでもいい、どんなでもいいから1本作るようにという指示が公団にあった。そこに遺跡があると知らず遺跡の真ん中をとおる形での道路計画とその周辺に団地を作る計画だったが、遺跡の発見。それではセンター南駅だけにして、北側は(駅計画をなくし)遺跡を丸ごと残し道路は地下にトンネルを通す形での道路計画にしようという案もあったが、港北ニュータウンは「住民参加」が基本。住民意見を問うたところ、意見がまとまらない。もめている間にセン北駅前の開発が始まり、周辺地権者からは幹線道路沿いの家が欲しい(トンネルにされては困る)という意見が多く、現在の、遺跡は2/3消滅、商業施設化という現在のセンター北駅周辺の形になった。ちょっと残念な話。
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中央大学附属横浜中学・高等学校 元・横浜山手女子中学・高等学校。2010年に中央大学附属校となり、中学校の共学化、2013年に現地への移転、高校の共学化を経て現在に至る。在校生数1700名。競歩の強豪校として有名。略称を「中大横浜」「中横」という。牛久保にあるこの校舎は、センター北駅から車道を一切渡らずに遊歩道のみで通えてしまう素晴らしい立地(*余談だが、駅から区役所まで交通の心配がないのは都筑区だけ、というのは都筑区役所の自慢)。正門横にある3本の柱のオブジェは、作者不明。
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学校正門前の辻にある緑地スペースは、なんとも心地よい風景。ハンサムな木と手入れされた植栽とベンチ... 正門から見えるグラウンドはあまり広くないが、ちょっと離れた大棚に広いグラウンドを持ち、運動部の生徒たちはランニングや徒歩でそちらへ、先生たちは自転車で通って日々の練習に励んでいるそう。
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②オレンジロードを通って夏みかん公園へ
中横を正面に左側の緑道(生活道路、別名オレンジロード)を進む。都筑区内、散歩・ピクニックを想定して設計された緑道(グリーンマトリックス上にあるもの)と別に、このような生活道路が何本もある。この道は、住民が、駅・学校・商業施設に、グリーンマトリックスの緑道と同様に車道を気にせずに行きやすいことを考えて設計されている。グリーンマトリックスの緑道の特徴として「水の流れ」がある(ゆうばえの道を除く)と比べると、こちらの生活道路にはそれがない。が!これらの生活道路の一つ一つも、実に心地よい散策を叶える感動的な意匠がこらされている。石の使い方、植栽、道の曲がり方...すべては、港北NT開発時の日米経済摩擦のおかげで、建材や植栽のための予算が潤沢にあった名残。みんな、自分の日常使いの道こそ都筑一最高の景観と誇らしく思って、誰かに案内したくて仕方ない。 それをお互いに見せ合って歓声の声をあげて、負けたと思いつつも、いやうちの方もナカナカと心の中で呟く、これが、都筑区民の特徴。それにしても、「沖の谷地下道」はおしゃれ。
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夏みかん公園 オレンジロードの突き当たりで、「ふじやとの道」とぶつかる。このふじやとの道に来たら”12支の石探し”をしたい。「子」から始めるために、ふじやとのみちの始点へ。 始点のすぐ先にあるのが「夏みかん公園」。園内に夏みかんの木が1本あるそう。都筑区内の公園は、動物の名前、花の名前、果物の名前、遊びの名前と、エリアごとに命名ルールがある。「夏みかん公園」とふじやとの道始点の境が、港北ニュータウンの堺のひとつになる。駅前の商業的な雰囲気とは全く違う、のどかな風景が広がる。
この夏みかん公園付近、造成時に2~3m掘った際、縄文時代(6000年前)の木道が見つかった。クヌギの木だっため腐らずに残ったもの。一帯が湿地地帯だったため、足を取られずに歩くために使われていたもので、現物がセンター北駅近くの歴史博物館に展示されている。都筑は3万年前から人が住んでいたというのが最近の学説。(以前は2万年前と言われていたが、九州の姶良噴火の火山灰の上に矢尻が発見されて、3万年前と変わった)


子・牛の石 12支の石を追いながら、のんびりとふじやとの道を進む。緑道の入り口ごとに、さりげなく大きな石が置かれ、ベンチにもなる。なかなか太陽が燦々の暑い1日だけれど、緑道の木陰の下の石のベンチはひんやりしていて気持ちがいい。
子の石は確かにねずみっぽく、牛の石は牛っぽい。それぞれに、ナゾの穴が空いている。ネはひとつ、ウシはふたつ。( トラ・タツは2つ、ウ・ミは1つ、ヒツジは3つとなるのか..今後の散歩でチェックしたい)穴の理由は誰にも分からない。この石は、福島県三春町の青鍋(あおなべ)石。
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 12干支石の「穴」のナゾ 
12干支の穴は、その穴にタネが飛んできたり、鳥が運んでくれて、草花は育ってほしい気持ちがあるそうです。私はこの石の作者をぜひ知りたいのですが、見つかりません。穴の数は...どうやら規則性はなさそうで、偶然かしら?(H)


③徳生公園(ふじやとの道)
徳生公園に入ってすぐに目に飛び込むのは、大きな池。これは第3回で歩いた、烏山公園を源泉・山崎公園付近の地下水・プールの水を流している「くさぶえの道」に沿った水路のゴールとなる。水はそのまま早淵川へ流れる。園内、水があり、植生が豊かで、そのためにシロサギやカワセミなど、水辺の鳥が集まる。今日も、2羽のカワセミが見られ、思わずみんなで歓声を上げた。 
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マップ会議
今日の散歩の主題は、「マップづくり」の計画を具体的に話し合うこと。というわけで、徳生公園の立派な東屋をお借りして青空会議。マップ制作をお願いする高橋美江さんのお話を伺いながら、具体的にマップのエリアや、マップ内にどんなことを書き込んで行きたいかなどを意見を出し合う。オープンな空間での話し合いはみんなリラックスして意見も雑談も出やすい。進行役も兼ねてくださった美江さん、お疲れ様でした。
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川手先生のお話。緑道の定義とは『既存の自然道を生かしながら、駅や商業施設に行ける道』。その中でも、ささぶねの道(第2回散歩)・くさぶえの道(第3回、4回)などのグリーンマトリックス上の緑道は、「散歩」を目的にしたもの。この横浜北部地域は、もともと近隣の人たちが散歩に来るために訪れる地域だったことを考慮して、半日の設定でゆっくりと回遊できるような、ピクニックに向いた長い散歩道を作ろうという計画で設計が始まっているそうです。50年経った今も、先生たちの目論見通り、地域住民はピクニック散歩を楽しんでいる午後でした。
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東京都から30分足らずの場所にある素晴らしい自然・緑道なのに、知名度があまりないために、こちらに越して初めてこの存在を知る人も多い。これはもったいない。という訳で、地図が完成した暁には、世田谷・横浜あたりの方にも手に取っていただきたく、地図作りの夢が膨むハレバレ仲間でした。

散歩日:2021年6月1日 記録:nob

参加者:川手、白川、江幡まさ、江幡ち、木下、大橋、野島、杉原、黒沼

①中川駅
“東京都市大学横浜キャンパス前“というサブタイトルを持つ駅

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中川駅前で、川手先生のお話に集中

◆電波塔のナゾ

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 ・電波塔は港北NT開発前(50年以上前)からある 
 ・50年前当時は、横浜港に入港する船の積荷情報を横浜港から受けて、国道246の地下にある地下ケーブル経由で全国に積荷情報を送る貴重な役割をしていた(現在も?インターネット普及で現在は使用していないかもしれないけれど、万が一の場合に備えて、いつでも使える状態にはしているだろうという推測)

  • さらに、船舶通信とともに、電信電話交通公社の電話回線としても利用されていた(こちらは現在はドコモ回線のみ/ドコモ担当者様より回答)
  • 現在、この電波塔はドコモの回線のみ(下に表示あり)
  • 横浜港からこの電波塔までの間は、電波を遮るものを建ててはいけないで規則があるので、電波塔の上から横浜港が見下ろせる
  • 50年前、国が所有している電波塔で、おいおい公団に任せるからというので、川手先生は聴会に呼ばれて参加した
  • たまプラ駅が出来て、バス会社ができて、たまプラ〜電波塔へ行くための山道(当時は山奥に電波塔が聳えていた)があったため、その道沿いに最初の団地(主にバス会社に勤める家族が住んだ)ができた。この団地は、おそらく今はない。

◆駅の場所のナゾ!

  • 当初はもっとセンター北駅に近いところを希望していた
  • 駅の設置間隔規則(最低1100m)があるため、センター北駅に近すぎるということで今の場所になった。

◆中川駅のコンセプト
横浜市営地下鉄の全駅は、市営なので市が管轄=田村明氏が監修者。田村氏のもとにあったアーバンデザイン課の職員に一任されている。電車が通り、地上に上がったものの駅らしいものが何もないというのではよくないというので、「駅らしく感じられるものを作りなさい」との命で弟子の一人がデザインして建てた。
その後20年して、まちづくり協定を決めるときに、住民によって「ネオロマンチック」案が上がり、「このガラスドーム等はネオロマンチックと違う」という残念がる声もあったようだけれど、中川における駅周辺の景観はそれよりずっと前に上記逸話付きで設計されたもの。
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ガラスドームといい、公衆トイレに向かう通路といい、パリのグランパレ風。オベリスクも同じ方が?というのは謎だけれど、フランス人のエジプト崇拝はすごいから、その方のパリのイメージをそのまま持ってきたのだろうなという印象は受ける
コンコルド広場に略奪したオベリスクがそびえてますね。おかげでエジプトのルクソール神殿は、片割れhttp://cosmos.moo.jp/ejp6-suuhonno.htm(これは記録には関係ない話ですね)

◆中川駅の駅前歩道橋
駅ができたものの、駅の反対側との間に道路があった。反対側の住民から、これでは“駅前“と呼べないではないかと不満の声があったので、デザイン的な歩道橋を通して反対側を含む一帯を「駅前」として納得してもらった。
当時は日米貿易摩擦の関係で、建築にお金をかけれた背景がある。その後、グリーンライン開通時は経済状況が変わってしまったため、ブルーラインに比べるとグリーンラインは駅も駅周辺も予算が減ったため残念ながら劣ってしまった。

◆“中川“は広いけど?
中川というと大棚あたりも「中川」の地名がついて広い。そこから中川駅は距離があるけれどそれはなぜか。

元々、中川の地名には10数軒しか家がなかった。子孫が増えると、それぞれが谷に沿って奥に家を増やしていくので、谷の入り口に本家があり、戦時中は隣組を組ませていくのに便利だった。50年前(開発当初)は1000軒くらいに人口は増えた。駅を作るのに、中川が広いので分割しようとなった時に、中川小を作ってそこを境に分割した。(実際は、自分の谷のあたりを中川にして欲しいと、中川の地名の取り合いがあった。経緯は男全さんの資料に詳細がある)中川駅は、その中川の中でもかなり北の方にある。センター北駅との距離と電波塔が、この場所になった大きな要因。

もっと詳しく...
昭和14年に中川村大字大棚町をふたつに分けるときに、本来なら役場もあった今の大棚を中川にすべきなのに、手違いで早淵川(だから中川という地名)からも遠い地が中川となった。だから中川小学校から遠い地域が中川になり、駅名にも「中川」がついた。公にはこうなっています。

◆中川駅前郵便局は...
特定郵便局(自営局舎)、局長さんは地主の方で世襲だった。現在交番になっている場所が元々郵便局だったそう
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中川駅前郵便局
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中川駅前交番

こぼれ話
①センター北駅と南駅が近いわけは?
当初計画では、両駅の中央になる早渕川周辺を「センター駅」とする案だったが、駅ができると絶対に商店・家やビル・人が増えるので「早渕川は公園にする!」と提案した田村明氏の意見が通って早渕川を公園として残すために、それを挟むようにセンター北と南駅を作った。
現在、この早渕川は親水公園、北と南をつなぐ散歩道は「みなきたウォークと名付けられた散歩道になっている。


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くさぶえの道・散歩スタート!

◇駅前、たけのこベンチ… 中川は昔からたけのこの産地

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②山崎公園
◇くさぶえの道のせせらぎは、烏山公園が水源地。
◇山崎公園に入るところの最初の橋の橋桁は、橋の下に住む人がいないようにあえて傾斜をつけて設計。
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◇山崎公園の藤棚は5月が見頃。一本の木。
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山崎公園の釣り堀池、プールに向かう橋を抜けたところの藤棚は見事(5月)

◇都筑区公園唯一の釣りOKの池。ヘラブナやクチボソが釣れる。リリースがルール。
◇公園の上にあるプールは、スペインのガウディ作のグエル公園風。プールは夏季のみ。プール入り口のそばの水源は水道水でその先の水路でカルキを抜きそこでカルキを抜いてからじゃぶじゃぶ池とその先のせせらぎに湧き水(地下水をくみ上げた?)と混ぜて流している… 鴨の親子がいた!
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プールの入り口
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なんとも手が込んだ造り!
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じゃぶじゃぶ池
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お母さん鴨と7羽の小鴨たち
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横浜みどり税は、ひとりあたり年間900円を市民税に上乗せしています。(3人が納税していれば、一家で2700円!)

https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/koseki-zei-hoken/zeikin/midorizei/midorizei.html
◇山崎公園は、都筑区公園で3番目に大きい(1位都筑中央公園、2位茅ケ崎公園)

③牛久保西公園へ(くさぶえの道)

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◇なんじゃもんじゃの木(見頃は4月後半)
◇紅葉も美しいスポット数カ所
◇せせらぎが蛇行して設計され、せせらぎにかかる橋も凝っている
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◇途中から蛇行しなくなった川は、川面に木々が映って鏡のようでこちらもきれい
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④牛久保西公園
◇どんど焼きは、2基(オス石とメス石を入れる)。珍しい。この石を持ち帰るとお金持ちになるという伝説があるけれど、熱いしバチあたりなのでおすすめではない。

ブルーラインがトンネルから出て地上に上がるところが見えるスポット。電車好きな子供にはたまらない。ここから電車が出て来たときに手を振ると、サービス精神旺盛な運転手だと手を振りかえしてくれたり、警笛を鳴らしてくれる。
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◇広い運動広場は球技遊びも自由で、子供たちが野球やサッカーをのびのび楽しむ姿がある。
 

◇運動広場を過ぎて牛久保公園方面に降りていく下り坂に、ロミオとジュリエットのバルコニー風(?)の東家が二つ並ぶ。こちらもなんとも凝ったデザイン(屋根といい、フェンスといい)IMG_2158


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⑤牛久保公園

◇桜が数種類見れる、桜スポット

◇そこから先のくさぶえの道は広々としていて、開放感と自然の感じがあって気持ちがいい
◇ただし!ベンチがあまりないのは残念
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錦糸梅が満開(5月末)
くさぶえの道に咲いていた鮮やかな黄色い花は大輪錦糸梅(ヒペリカム⋅ヒドコート)で、錦糸梅は小ぶりの花で花は咲ききらないのが特徴のようです。ビヨウヤナギは雄しべが長いので区別しやすいです。まつ毛の長い美女やなぎと覚えたらいいですね。(O)

都筑区の花はサクラソウですが、都筑区の木はなんでしょう?
今回歩いたくさぶえの道では「都筑区の木」と言われている木がほとんど見られましたよ。
人里の木→サルスベリ、ウメ、キンモクセイ、ギンモクセイ
里山の木→ヤマモミジ、ヤマザクラ、コナラ、シデ
こんなにあるんです。(O)

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牛久保小学校のところで緑道を左折して、ベルリンの壁へ
◇牛久保小学校は緑道に設置した小学校で、校庭はあまり広くないけれど教室や校庭と緑道との一体感が贅沢。緑道の良さがすごく生かされている。

◇避難訓練の評価が高い小学校
◇反対側に、ナゾの白い巨大倉庫型建物。窓もなく、名前もない。横浜市の何かとても大切なものを預かっている(扱っている)データ保管庫ではないかという、都市伝説。
◇その隣の豪邸は、元・公団の研修所。現在、『グローバル人材開発センター』の看板を掲げる、やはりナゾのもの。地元では“都筑の迎賓館”と呼ばれている。奥にテニスコートや素晴らしい庭もあり、公団が所有していた頃はテニスコートは一般開放されていた。

⑥ベルリンの壁
◇その隣にあるTÜV Rheinland 社は、各種機械の検査を請負うドイツの優良企業。本社は新横浜。ここにベルリンの壁がある。PCのアダプターを見ると、確かにこの会社のマークがついていたりする!
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絵が描かれている方が西ドイツ側
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絵のない方が東ドイツ側

◇ベルリンの壁は、日本にはここ以外にも数カ所ある。ここは日独親善のために、TÜV Rheinlandがオークション購入してくれたもので、フランスの画家ティエリー・ノワール氏による絵が描かれている。ブランデンブルグ門近くにあったもの。
映画『ベルリン・天使の詩/1987年』の中で、当時の設置された状態のこの壁画が映っている。(この映画は、後のメグライアンとニコラスケイジの『シティ・オブ・エンジェル』でリメイクされている!舞台はアメリカだからドイツとは関係ないけどストーリはいい)
東側は何も描かれていなく住民は壁に近づくことも許されなかったが、西側は絵が描かれて住民は壁のキワまでいけた。両側の違いを見ていても、歴史がわかる。
◇近くのドイツ学園にも、正門すぐのところにベルリンの壁のかけらが飾られている。越してきたばかりのドイツ人に(前は茅ケ崎在住)聞いたのだが、個人で持っていた壁(以前は路上で売っていた)をドイツ学園に寄付

川手先生余話
バス停で待ってる間の耳より話。
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94歳・川手先生の健康法は、毎朝、目覚めて行う日課。全身の
骨を叩くこと。足先から始めて脛膝・モモ・腰骨・肋骨・鎖骨・背骨・額上・顎下・顎顔の骨全部やって40分ですって!それを就寝前にも40分!毎日続けること
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 ★編集からのお願い
◇今回も川手先生といっしょ!
先生と散歩の道連れになる人ごとに、お聞きする話は
鮮やかに情景が浮かびます。先生の記憶力が本当に素晴らしい。

今回の散歩の記録も、nobちゃんが聞き書きしたものです。
記憶、記録に勘違い、間違いがあるかと思いますが、気になった点や、それに関連することなど、ご指摘いただければありがたいです。より正確になるように、更新をしていきたいと思います。ebachiyo.2.a@gmail.com(江幡

 















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